第二章
科学/美術
2018.1.12[金]―1.24[水]
科学描画は、対象を正確に記録するという目的を持ち、緻密な描写を特徴とする。しなやかに伸びる枝のようすや細かい葉脈からあふれ出す生命力には、単なる記録を超えて私たちをひきつける魅力がある。本章では、先達の研究成果として箱崎に遺された科学描画に加えて、伊都で花開く「美術」としての工学部壁画、マイケル・リンの《グリーン・ハウス》を隔てるものは一体何か。「科学」「美術」に分類される二種類の絵画に、美術作品に対するまなざしを向けることで「美術」とは何かを考える。
作者不詳 《新種記載論文》(Kanehira.R. 1934)に用いられたウコギ植物の図版
作者不詳 《新種記載論文》(Kanehira.R. 1934)に用いられたウコギ植物の図版
金平亮三(Ⅰ892-1948)は、大正―昭和期の植物学者、林学者であり、台湾総督府勤務を経て、1928年に九州帝国大学教授となった。台湾や東南アジアで森林調査を行った彼が描いたとされる本作品は、学術論文に用いられた科学描画である。自然のそのままの姿を忠実に写し取り、必要な部分だけを抜き出した構図は、まさしく植物学のためのものである。しかし、流れるような線やその緻密な筆致から美しさを感じずにはいられない。
内海蘭渓本草正画譜より 《金星草》 江戸時代
内海蘭渓本草正画譜より 《金星草》
内海蘭渓(Ⅰ739-1819)は江戸時代の本草学者で、黒田藩の庇護のもと博多に薬園を開き本草研究に取り組んだ。代々薬屋の名家で、薬用人参の栽培に成功したことで知られる。《本草正画譜》は各種薬用植物の効果を判定するために蘭渓が国内外の植物を集め栽培したものを記録した30冊の大著であったが、大正初年の内海家の廃業とともに散逸した(現在福岡市博物館が25冊を所蔵)。そのうち5巻分が、内海家の親戚によって九州大学農学部栽培学教室に寄贈された。正確に記録するために磨かれた写実性もさることながら、細部における細かい斑点、色彩や濃淡を微妙に変化させる色遣いは美しく、その植物の質感が感じられるようである。
マイケル・リン《グリーン・ハウス》(原画) 2008
マイケル・リン 《グリーン・ハウス》
マイケル・リン(1964-)は伝統的な布地の文様を拡大し、独自の造形と色彩感覚によって新たな空間を創造してきた世界的なアーティストである。緑を基調に、装飾性に優れた博多の布地文様を拡大した作品は、学問・研究の場に心の鎮静と安らぎの心理的効果をもたらすことを意図して制作された。現在、九州大学伊都キャンパスのウエスト2号館エントランスの空間に大きく広がる壁画作品《グリーン・ハウス》は本作品を原画として制作されたものだ。